第35回澁澤賞
第35回澁澤賞は厳正なる選考の結果、下記の通り受賞者が決定されました。
受賞者: | | 石井美保 |
対象業績: | 著書 | 『精霊たちのフロンティア――ガーナ南部の
開拓移民社会における〈超常現象〉の民族誌』
世界思想社(2007年2月28日出版) |
推薦理由
石井美保著『精霊たちのフロンティア――ガーナ南部の開拓移民社会における<超常現象>の民族誌』は、人類学の古くて新しいテーマである呪術・妖術という現象に、批判的な問題意識と緻密な研究方法によって取り組んだ意欲的研究である。
従来の人類学では、「現実/非現実」という区分を前提に、妖術や呪術などの現象は当然のように人々の語りや信念の領域にある「非現実的」な想像的表象とみなされ、そのうえで「現実的」な社会構造に対する機能や歴史状況に対する反応という観点から分析されてきた。それに対して本書は、妖術や呪術を「現実」から切り離すことなく、地域社会の人々の日々の営みのなかで、あらゆる日常的な事柄と分かちがたく絡まりあった生活的事実の一部分として捉えようとしている点に大きな特色がある。
また最近では、この種の現象はグローバル化する政治経済状況に対するローカルな社会からの「象徴的抵抗」として「モダニティー」論の中に位置づけられ、かつ意識的・戦略的行為主体の「エージェンシー」を措定する実践論の立場から分析されるのが主流になっていた。それに対して著者は、これらの問題設定が暗黙のうちにもっている西欧中心的な歴史観と人間中心主義的人格観を批判し、かわりに地域社会の生活者にとっての現実に目を向けようとする。こうして著者は、ココア生産者たちの開拓した移民社会の宗教実践を植民地化以前からの長期にわたる地域間交易と民族の移動の歴史のなかに位置づけ、ついでそれを人々の日常的社会関係に織りこまれた生活実践としてきめ細かく記述する。そのうえで著者は最後に現象学的観点に立って、精霊や小人の出現・憑依という〈超常現象〉を、身体性をとおした現実世界の生成と変容の極限的様相として、人間性一般の地平において理解する可能性を提示している。
以上のとおり本書は、先行研究に対する考え抜かれた問題意識と、フィールドでの知見を緻密な記述・分析へと編み直していくしなやかな論理性とをかねそなえた優れた民族誌的研究であり、選考委員会は一致してこれを澁澤賞にふさわしい作品として推薦する。
澁澤賞選考委員会
春日直樹(委員長)、桑山敬己
坂井信三、柴田佳子、森明子 |
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