第36回澁澤賞
第36回澁澤賞は厳正なる選考の結果、下記の通り受賞者が決定されました。
受賞者: | | 板垣竜太 |
対象業績: | 著書 | 『朝鮮近代の歴史民族誌:慶北尚州の植民地経験』
明石書店(2008年) |
推薦理由
板垣竜太(著)『朝鮮近代の歴史民族誌:慶北尚州の植民地経験』(明石書店、2008年)は、朝鮮の地域社会における植民地化の経験を、慶尚北道・尚州における支配層の文化に焦点を当てて、近世から近代への変遷の過程のなかに描いた優れた歴史民族誌である。
本書の際立った特徴として独自の時間概念の提唱があげられる。著者は社会文化的な特徴を含む時代概念としての〈近世〉・〈近代〉を、共時的な時代区分としての近世・近代と区別したうえで、尚州という地域社会が近世における特徴を維持しながら近代に再編されていく過程を、〈近世〉と〈近代〉の接合のあり方という問題として論じている。その際には、単に植民地化という外部の力に対する受容または反発という観点からではなく、地域社会における歴史的連続に十分留意しながら、同時代に生きた人々の経験を地域に内在的な視点から描き出すことに努めている。記述と分析において駆使された史資料は膨大なものであり、士族と吏族を支配層とする近世尚州の「邑」社会の形成、近代植民地化における都市化と地域産業、支配層出身者を含む新たな政治活動家の動向、および新式学校の出現などに関する史料がふんだんに使われている。さらに、〈近世〉と〈近代〉の絡み合いを日常経験として示すために、特定の一個人の日記を分析している。特筆すべきは、こうした文字資料を収集・分析する一方で、可能な限り当時の関係者に聞き取りを行っていることである。
歴史学をはじめとする人文科学の分野では、朝鮮に関する膨大な研究蓄積がある。そうしたなか、文化人類学者として朝鮮近代の歴史を果敢に描いたことは、隣接分野に対する文化人類学の意義・貢献を示したものとして高く評価できる。また、現地の研究者と対話を進めながら濃密な歴史民族誌を作成したことは、今後の朝鮮研究に新たな視角と方法の導入を積極的に促すものであり、将来的に文化人類学者・民族学者だけではなく、広く人文・社会科学領域の研究者に影響を与えるであろう。
以上の理由にもとづき、選考委員会は全員一致で板垣氏の著作を澁澤賞の授賞にふさわしいものとして推薦する。
澁澤賞選考委員会
桑山敬己(委員長)、柴田佳子
棚橋訓、松田素二、森明子 |
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