北村毅(著)『死者たちの戦後誌 ― 沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶』(御茶の水書房、2009年)
推薦理由
同著は、 北村毅(著)『死者たちの戦後誌 ― 沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶』(御茶の水書房、2009年)は、沖縄戦終結後から現在までの、沖縄における戦死者の扱いについての克明な民族誌である。全島が戦場になった沖縄では、市民も含めて戦死者は20万人にのぼり、戦跡は全島に広がる。本書は、この多くの戦跡を単なる戦場跡ではなく、人々が戦死した場としてとらえる。そして、戦跡を巡る戦後の人々の営為の克明な記録と分析をつうじて、戦死者を生者がどのようにあつかってきたかという、死者と生者との関係の変遷を描き、沖縄の戦後史を、死者の戦後誌として描き上げたところに、卓越した功績がある。
本書のきわだった特徴は、第一に、大量の死者の痕跡を、遺骨や遺体、戦跡などの具体物に焦点化して、遺骨収集、慰霊祭、戦地観光、巡礼など、それらを巡る実践に着目した点にある。その実践を記述、分析する著者の視線は、国家や行政、あるいはそれへの抵抗という単純な構図を超えて、その狭間で事実を経験として主体化しようとする人々(個人や集団)の営為に強く向けられている。もう一つの特徴はその方法論にある。インタビューなど従来の人類学的フィールドワークの手法も用いられているが、それにとどまらず、文献や写真も含めた歴史資料、関連イベントの参与観察、小説家や知識人の発言など、多様な資料を渉猟し、それを十二分に駆使し、65年の間に生じたことがらをつなぎあわせ、主題を立体的に提示することに成功している点は、非常に高く評価できる。
また沖縄の戦後について、戦死者を基軸に沖縄と日本(「本土」)の関係史として再考することをつうじて、沖縄における「戦死者たちの戦後史」が、戦後の沖縄と日本との関係の変遷に強く彩られてきたことを浮き彫りにする本書の分析は、日本人が人類学的に沖縄を研究することのはらむ問題を提起するものであり、その点も学界への重要な貢献であると判断できる。
人類学では、伝統的コスモロジーのなかでの死の扱いについては多くの研究が蓄積されてきた。他方、戦争や災害による大量死、死体の形も骨も残らない「異形の死」、名前をもった一個人として死ぬことができない「非人称の死」については、ほとんど扱ってこなかった。そのような死が、現代の日本ならびに世界において人類学が対象とすべき重要な問題の一つであることは言うまでもない。本書は、沖縄という特定の場における戦死者についての議論にとどまらず、大量死の経験をもたらした出来事を前にして文化がどのように対峙するのかというきわめて重要な問題に人類学が取り組むべく、道を果敢に切りひらく注目すべき試みである。
以上の理由にもとづき、選考委員会は、北村毅氏の著作が卓越した学術的、社会的意義をもつものであり、人類学振興への貢献が優れて高いものであると判断し、全員一致で、本年度の澁澤賞にふさわしいものとして推薦する。
澁澤賞選考委員会
古谷嘉章(委員長)、足羽輿志子
杉島敬志、西井凉子、森山工 |
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