丸山淳子(著)『変化を生きぬくブッシュマン ― 開発政策と先住民運動のはざまで』(世界思想社、2010年)
推薦理由
同著は、狩猟採集民として知られるブッシュマンが、脱狩猟採集民化による同化をめざす国家の開発・再定住化政策と、先住民としての独自性と権利を擁護する国際的な先住民運動のはざまで、狩猟採集を生業とする歴史のなかで培われた社会としての特質を変形させつつも、「ポスト狩猟採集社会」へと主体的に変容しつつある過程を、ボツワナのセントラル・カラハリ地域に位置する再定住地における長期のフィールドワークにもとづいて詳細かつ具体的に描き出した秀逸な民族誌である。本書はまた、グローバリゼーションの下で少数民族としての狩猟採集社会が直面している現実へと、人類学ならではのアプローチで切り込んだ意欲的な問題提起の作だと言うことができる。
本書のフィールドである再定住地では、脱狩猟社会化政策の下、従来とはまったく異なる居住形態や経済活動を余儀なくされている。しかし、著者が明らかにするのは、「ポスト狩猟採集社会」への移行のなかで、人びとが狩猟採集生活を通じて培った価値観や社会関係の様式を引き継ぎつつ、再定住地における生活を主体的に再編していることである。国家内の少数民族が全面的な抵抗でも受容でもない主体的な対応をしているという議論自体は珍しくはないが、本書の議論をきわめて説得的なものとしているのは、その論点を、生業活動、土地利用、相互扶助、政治的代表者の選出などの諸局面について詳細かつ具体的に論証していることによる。なかでも鮮烈な印象を残すのは、再定住地での生活と対立しつつ補いあう開放的で柔軟な生活形態を原野のキャンプを舞台に作り上げている状況の分析であり、そこでは、狩猟採集を放棄して牧畜民として再定住地で生きるか、再定住地を放棄して原野で狩猟採集のみを生業とするのかのいずれでもない「ポスト狩猟採集社会」のあり方が力強く描き出されている。
本書が既存のブッシュマン研究の蓄積なくしては不可能だったことは明らかであるが、それを十二分に活用するだけでなく批判的に継承し、従来乖離しがちだった二つの研究の流れ、すなわち、環境に適応した「伝統的狩猟採集社会」として自立性・孤立性・平等性を強調する研究と、より大きな政治システムの一部として他民族との関係を強調する研究の双方にバランスのとれた目配りがなされている点も本書の長所として特筆される。
本書は、ブッシュマン研究にとどまらず、「ポスト狩猟採集社会」への移行という人類史的意義をもつ問題、さらに、国家の開発政策と国際的先住民運動の間での先住民の主体性という一般性のある問題についても、抽象的一般論には往々にして欠けている地に足のついた人類学ならではの問題提起を行うことに成功している。
以上の理由により、選考委員会は全員一致で、丸山淳子氏の著作を澁澤賞にふさわしいものとして推薦する。
澁澤賞選考委員会
古谷嘉章(委員長)、足羽輿志子
杉島敬志、西井凉子、森山工 |
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