第40回澁澤賞授賞決定について

第40回澁澤賞は厳正なる選考の結果、下記の通り受賞者が決定されました。

 


受賞者: 佐 川 徹
対象業績: 著書『暴力と歓待の民族誌―東アフリカ牧畜社会の戦争と平和』
昭和堂(2011年3月)


推薦理由

 本書は、エチオピア、ケニア、スーダンの三国国境付近で牧畜社会を形成するダサネッチと近隣集団の戦争と平和の動態を長期にわたる現地調査を通じて明らかにしようとした極めて意欲的な民族誌的研究である。最初に「戦争と平和の人類学」の研究史を押さえた上で、生業、社会・政治構造、ジェンダー等の民族誌的背景、国家と集団間関係に関する歴史的背景が詳細に述べられた後、暴力(戦争)と歓待(平和)に関する「厚い記述」が続くが、本書の核となるこの部分では、ダサネッチの戦争経験者に対する聞き取り調査で得られた豊富なデータが盛り込まれており、迫力のある論述が展開される。さらに、近年の外部介入と平和維持活動について触れた後、結論部で著者は民族誌的事例研究の一般化を試みる。オーソドックスな構成による400頁を越えた大部の著作ではあるが、その議論の展開は鮮烈であり、全く長さを感じさせない秀逸な民族誌に仕上がっている。
 著者が出発点とするのは、従来の「戦争と平和の人類学」に対する強い不満である。その不満とは、第一に、人間の本性を「好戦的」とする人間観と「平和的」とする人間観が対立し、戦争と平和という両極ばかりが強調されるために、その相互移行性という点が看過されてしまったという不満であり、第二に、「個人を外在的な規範に従属して行為するだけの存在として捉え」る傾向が強いために、明確な境界を持った集団間での戦争という枠組みが先行してしまい、戦争により境界が流動するという現象がほとんど着目されてこなかったという不満である。これらの問題点を乗り越えるために、著者は「戦争と平和の動態を個人の経験や社会関係に焦点を当て」、「人びとがいかにみずから戦争と平和をつくりだしてきたのか」を描き出すという手法を採用する。近年「個人」の「創造性」に力点をおく民族誌が多数発表されているが、その多くは社会の動態を描き出すことに必ずしも成功していない。そのような中で、本書は、戦争と平和が個人によってつくりだされる過程を戦争経験者への聴き取り調査によって綿密に跡づけながら、戦争から平和へ、平和から戦争への相互移行の動態を「胃が同じ/違う」という民俗概念をキータームとして用いて鮮やかに描き出しており、個人に焦点を当てた民族誌として大きな成功を収めている。
 アフリカでの戦争といえば、冷戦終結後の国家権力を巡る内戦と外部からの介入という図式が想起されるが、本書が扱うのは専ら「ローカルな」戦争であり、近代兵器の流入による戦争の激化・死傷者数の増加がみられるものの、大規模な内戦に付随するような大量虐殺は起こらないし、大量難民が発生するわけでもない。両者を全く別のものと考えることも可能である。しかし、著者は「ローカルな現場」から出発し、ダサネッチが「個人創発的」な行為の積み重ねによって平和をつくりだしていく過程の中に見られる平和へのポテンシャルを積極的に評価した上で、紛争への外部介入や平和維持活動に際し、外部アクターは「上からの」介入を試みるのではなく、人々による「内からの平和」に向かう動きの生成をサポートする役割を果たすべきであると説く。やや楽観的な感はあるが、人びとの実践知の力を最大限に評価しようとする著者の真摯な姿勢がここに強く表れている。
 このように、本書は単なる「ローカルな」民族誌に留まることなく、「ローカル」を国家に至るまでの、より大きな文脈に位置付けようとする試みであり、従来の「戦争と平和の人類学」を超えた斬新な視点からの分析は著者の高い資質を感じさせるものである。
 以上の理由により、選考委員会は全員一致で、佐川徹氏の著作を澁澤賞にふさわしいものとして推薦する。
澁澤賞選考委員会

栗田博之(委員長) 佐々木史郎
池田光穂 瀬川昌久 速水洋子


受賞者略歴 佐川 徹(さがわ・とおる)
2000年北海道大学文学部卒業
2009年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了
博士(地域研究)
2011年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助教



2013年12月7日に日本工業倶楽部にて贈呈式が行われました。
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賞状を受け取る佐川氏


左から、小泉日本文化人類学会長、佐川氏、関根運営委員長