第41回澁澤賞授賞決定について

第41回澁澤賞は厳正なる選考の結果、下記の通り受賞者が決定されました。

 


受賞者: 森 田 敦 郎
対象業績: 著書『野生のエンジニアリング―タイ中小工業における人とモノの人類学』
世界思想社(2012年2月)


推薦理由

 本書は、東北タイの町工場で働く人々と機械を取り上げた民族誌である。人類学における技術論とモノ論を展開し、かつ、技術移転に伴う文化的障壁を論じ、技術と文化に対する諸前提を問うマルチな性格を持った意欲作である。理論的には学習理論と身体技法論から出発し、科学技術論を視野に入れつつアクター・ネットワーク論に至る枠組みを設定し、社会的世界とモノの世界の相互構築過程を描き出している。著者は、近年の人類学におけるこうした議論を先導してきており、本書はその成果である。著者の技術論の背景には、人類学における自然と文化の二項対立および、「文化の多様性」論の双方への批判があり、その意味で本書は、人類学批判と現代文化批判としての性格をも併せ持っている。
 著者は、これまで人類学では、機械を近代の産物とみなしてあえて研究対象にしてこなかったこと、また、タイへの技術移転の困難に直面したときにタイの機械技術を近代から逸脱した伝統的なものであるとする傾向があることを指摘し、これらに挑戦する。本書のもくろみはタイの技術を描くことで先進国のそれをも客体化し、近代と伝統の対立軸自体を問い直すことにある。
 本書の魅力は、技術論が、ラボや工場の狭い空間に封じ込められることなく、現地機械工らが自らの生涯設計を描きながら経験を求めて移動する広がりの中に位置づけられている点にある。機械も、地域の生業や生態に適応して移動しつつ姿を変えており、それが国を越えた技術移転と結び付けて論じられ、重層的な視点が提示される。本書を支えているのは、著者の明確な理論的枠組、町工場のボルトやナットにまで分け入った臨場感溢れる記述、そして現地で日本からの技術移転を試みる技術者たちという(学問領域の)外部との対話である。その筆致はツボをおさえて揺るがず、熟練の論者の風格を感じさせるが、同時に機械好きのマニア的一面も窺わせる。詳細な記述は、機械工学の読者の関心をもとらえるが、その一方、素人にも十分理解できるよう平易に書かれている。目配りの利いた理論的展開、巧みな全体構成と、説得力を持って示す民族誌とが、呼応しつつバランスをもって進行する。そのなかで工学的議論と、人類学理論とを融合しているところに、本書の新しさがある。人類学の方法・視点の可能性を遺憾なく発揮している著作と言えよう。
 本選考においては優劣つけがたい個性あふれる著作の中から、特にテーマの新しさ、論旨の明晰性、構成や議論の完成度、そして学界に対する貢献度などの点から本書が抜け出ていると判断した。以上の理由により、選考委員会は全員一致で、森田敦郎氏の著作を澁澤賞にふさわしいものとして推薦する。

澁澤賞選考委員会

速水洋子(委員長) 赤堀雅幸
岸上伸啓 瀬川昌久 曽我 亨


受賞者略歴 森田 敦郎(もりた・あつろう)
1975年東京生まれ
1999年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了
2001年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了
2006年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学
東京大学総合文化研究科助教、
大阪大学人間科学研究科講師、
コペンハーゲン大学人類学科客員研究員をへて、
現在大阪大学人間科学研究科准教授
博士(学術)
専攻人類学、科学技術論



森田氏のご都合が合わず、今回の授賞式は行われませんでした。授賞のお知らせをウェブで行います。