本書は、ラオス南部ボーラヴェーン高原のコーヒー栽培農村の生活と協同組合を事例として、フェアトレードの影響について論じた民族誌である。近年、フェアトレードは国際協力分野において注目されているが、その実態や効果、限界については十分に検証されてきたとは言いがたい。そのような状況下で、箕曲は、ラオスのコーヒー栽培農村においてフェアトレードにより生じる生産者世帯の家計への影響、村落内の社会関係の変化、仲買人と農民、協同組合の間に見られる社会関係などを調査し、フェアトレードが生産者に及ぼす諸影響を検証した。 本書の調査事例では、フェアトレードによる報酬が農民世帯全収入の中でごく限定的であることが判明した。また、農村内にある3つの生産協同組合はそれぞれ異なる親族集団が多数派を占めており、外部のNGOは村内の力関係を理解していないが故に、協同組合の組織・運営を維持させることに困難が生じていることを指摘した。さらに、農民の生活サイクルに由来する現金不足と、その不足を乗り切るための仲買人との相互依存関係といった社会的要因がフェアトレードの効果を限定させていることを明示した。これらは研究成果の一部であるが、生産者である農民の目線から見たフェアトレードは、けっして先進国の消費者が考える「フェアトレード」とは一致しておらず、農民の多様な生業実践の全体の一部として、フェアトレード生産協同組合へのコーヒー豆の売却を位置づけなければ、フェアトレードの生産者への影響の全体像は把握できないと主張している。 本書について特筆すべきは、箕曲が長期にわたる現地調査をもとにフェアトレードの生産者に与えた諸影響について経済的側面と社会的側面から検討を加え、フェアトレードの実態を生産者の立場から解明し、いくつかの問題点を指摘し、それらに対して改善策や今後の課題を提起した点である。すなわち、グローバルな現代的課題に関して文化人類学的アプローチを用いて現地調査を行い、ローカルな視点から問題を見つけ出し、検討し、その問題を改善するための提言を行っている。本書は、文化人類学的アプローチが現代的課題を理解し、問題解決を図る上で有効であることを読者に強く訴えかけており、実践人類学の好著であるといえる。 本選考においては優劣つけがたい著作の中から、テーマの新しさ、調査の完璧性、論証の明瞭性、構成や議論の完成度、文化人類学界への貢献などを選考基準として総合的に検討した結果、本書がもっとも手堅く、優れていると判断した。以上の理由から、選考委員会は全員一致で、箕曲在弘の著作を澁澤賞にふさわしいものとして推薦する。
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平成27年12月5日(土)、日本工業倶楽部において授賞式が開催されました。 | |
賞状を受け取る箕曲氏 |
左から、杉本運営委員長、箕曲氏、関根日本文化人類学会会長 |