公益信託澁澤民族学振興基金運営委員会
本書は西アフリカのギニア湾岸に位置するベナンの人びとが、どのようにして霊や妖術の存在を信じるようになり、それを受け入れて生きようとしているのかを、調査対象であるキリスト教会の集会での憑依とそこで身体が果たす役割に注目して捉えようと試みた民族誌である。副題にある「キリスト教系新宗教」とは、1970年代以降のアフリカで活発化したペンテコステ派の中で独自の動きを見せるバナメー教会を指す。 序章ではアフリカでのキリスト教布教や妖術に関する研究蓄積のみならず、近年よく議論される存在論、情動論、身体論にも目を配ったうえで、本書の事例分析の鍵概念となる「情動」と「エンスキルメント」をとりだす。著者の措定する「情動」とは「楽しい・悲しいという感情として認識される前の、動悸の速さや呼吸の深さなどの身体的な反応に関係」し、「リアリティと主体が現われるために不可欠なもの」であり、「エンスキルメント」とは「身体と環境の呼応によって能力を身につけていく過程」である。 本書の前半(1~3章)でベナンの宗教や妖術の状況を概観し、考察の対象となるバナメー教会の出現と活動を位置づけたのち、後半(4~6章)ではバナメー教会での解放ミサで悪魔や妖術師が信者に憑依する事例を提示し、上記概念で分析、考察している。その中心となる5章で著者は、感情を表す現地の言葉が身体の状態を使って表現されることを示したうえで、病や不幸を抱えた信者がそれからの解放を願って参加する解放ミサで、聖職者の按手が引き金となって悪魔や妖術師が信者に憑依し、神の火による攻撃でもだえ唸りながら語り始め、災因が特定されていく様子を描写する。それは信者、聖職者、会衆が身体を媒介にした「情動の応答の中で妖術師や霊的存在をものとして立ち上げ」、こうして立ち現れた悪魔や妖術師自身もまた患者の身体を介した情動表現によって見守る人びとに影響を与えることで新たな現実の立ち現われに参与するという、各者それぞれのエンスキルメントが織りなす過程として見事に描き出している。 聞き取り者23名の大半が女性で、うち憑依を経験した14人がいずれも若い女性というのは、ミサの参加者構成を反映しており、夫方居住や出産への周囲の高い期待といったストレスが背景にあることも示唆されている。 また著者は「マルチモーダルな民族誌」を提唱し、本書各部と連動する写真や映像等をアップしたインターネット特設サイトにリンクを張るとともに、フィールドで著者が感じたことを綴ったエッセイ風文章を各章末に挿入している。とくにこのエッセイは、フィールドで現地の人びとから感じる熱量に驚き、とまどいながらも惹き込まれていく民族誌調査者の立ち位置を浮かび上がらせ、現地の人の生きる現実への読者の向き合い方に手がかりを与える工夫として成功している。 以上の理由から、本選考委員会は全員一致で村津蘭氏の著作を第51回澁澤賞の授賞にふさわしい業績として推薦することを決定した。
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2024年12月7日(土)、日本工業倶楽部において授賞式が開催されました。 | |
賞状を受け取る村津氏 |
左から、杉本運営委員長、鏡味選考委員長、村津氏、棚橋日本文化人類学会長 |